実はこのインタビュー中、酒井さんに清川屋のだだちゃ豆を召し上がっていただいていました。
塩をかけ忘れてしまいましたが、「塩がなくても美味しい!」とお話ししている間、食べる手が止まりませんでした。
「今もお殿様が暮らす街、鶴岡」
江戸時代、庄内・鶴岡の地は庄内藩酒井家によって平穏が保たれていました。
そんなお殿様には毎年たくさんの献上品が送られます。その中に「これはどこのだだちゃ(おやじ)が作った豆だや!」とお殿様を唸らせるほど美味しい枝豆があったそう。
これが「だだちゃ豆」の由来と言われています。
名前の由来については諸説ありますが、このお話が本当ならばなんとも昔話のようでおもしろい!とスタッフは早速現代の若殿様、酒井忠順さんにお会いすべく致道博物館に向かいました。
酒井忠順(さかいただより)さん。1974年鶴岡市生まれ。旧庄内藩酒井家第19代後嗣。
荘内酒井歴史文化振興会代表理事、致道博物館理事副館長、株式会社荘内藩代表取締役など地域の歴史・文化の次代への継承を目的に活動している。
今でも酒井家には、たくさん美味しいものが届くそうです。
「江戸時代とは長いもので・・・ 酒井家の何代目の時代だったのかは正直わかりません。」と酒井さん。
「私が子どもの頃は、家族6人で大きなお皿に山盛りのだだちゃ豆、それがあっという間になくなってしまうんです。夏休みに遠方の親戚・従兄弟が集まったときはもう争奪戦ですね。皆で一緒に海に行って遊んだりした思い出の中に、必ずだだちゃ豆もありました。」
・・・思い出を語る酒井さんの優しげなお顔から、当時の様子が目に浮かぶようでした。
「夏の風物詩、食卓には必ずなくてはならないものです。」そう酒井さんもおっしゃっていました。
だだちゃ豆の歴史に酒井家あり、酒井家の夏にだだちゃ豆あり。
酒井家が庄内に入部し、まもなく400年。
酒井家はここ庄内の地で歴史を刻み、現在に至るまで文化振興や教育の発展にも寄与されてきました。
2022年には酒井家庄内入部400年の記念の年を迎えます。それに先駆けて一般社団法人荘内酒井歴史文化振興会(代表理事・酒井忠順さん)が設立されました。今後、荘内地域と酒井家の歴史や文化の魅力を、たくさんの人々に伝えていく事業を行っていく予定です。
金峯山の麓に広がるだだちゃ豆畑。鶴岡の独特の風土が美味しいだだちゃ豆を生み、育ててきました。