なぜ鶴岡でお店を開こうと思ったのか?スタッフが疑問に思っていたことを奥田シェフに尋ねました。
「食材がとびきり美味しかったからです。そして鶴岡と自分との相性が良かったからです。それに鶴岡には恩があったから。」
と返答する奥田シェフ。となれば、鶴岡の食材が地産地消をけん引する名シェフを誕生させたことになります。
25歳で「鶴岡の食文化を助けよう」と奮起し、2000年に地元の食材を使ったイタリアンレストラン、「アル・ケッチァーノ」をオープン。
当時は、地産地消や在来野菜という言葉も知られておらず、シェフは何年もの間、庄内の生産者のもとを訪ね歩き、その食材の持ち味を最大限に引き立てた料理を店で提供。時には販路の拡大に尽力しました。
いつしか生産者との間には強い絆が結ばれ、店にはいつも最上の食材が届けられるようになりました。やがて、食通のみならず、日本を代表するイタリアンシェフ達も奥田シェフの料理を一度食べてみたいと思うようになり、奥田シェフと共に、庄内の食材も全国的に注目を浴びるようになります。
2014年12月、山形県鶴岡市は豊富な食材と多様な食文化が認められ、日本で初めてユネスコの「食文化創造都市」に登録されました。
「25歳のときに、40歳までに成し遂げようと思ったことができた。やれば出来る、ですね」
と笑う奥田シェフ。
秋号カタログの表紙、庄内柿で「柿ときのこの白和え」を作っていただきました!
「これはすごく簡単で美味しいから、家庭でもぜひ作ってみてください」。レシピはこちらからどうぞ。